Movie
 
『死の棘』
監督:小栗康平 1990年 日本
お薦め人:福留律子
 私はレンタルビデオ屋に行くと、ひとしきりビデオのパッケージを観賞して、結局何も借りずに帰ることが多い。10年前から手にとっては借りずにいた『死の棘』をやっと借りて観た。 10年間温めてきてよかった。10年前に観てもこんなに笑えなかっただろう。  戦後間もない話で、離婚など容易にできなかった時代に夫の長年の浮気で妻が正気を失っていく様が描かれている。   夫婦とはやっかいなものだとつくづく思った。正気を失いかけている妻が、夜中に帰ってきて「絶対に帰るもんかって思って出て行ったのに、なぜか戻って来ちゃったのよ!」と夫に言い放ち、鍵が閉まった勝手口に泣き叫びながら走って体当たりするシーンなど、逃げ場のない夫婦関係そのもので笑える。笑えるのは、妻の松坂慶子が実に繊細で、狂気さえもかわいく思えるのと、夫の岸部一徳が実に頼りないせいもある。   今の時代なら、「はい、やーめた」と離婚届を出してすむことだろう。でもそれができず、今にも切れそうな夫婦の絆をなんとかして繋ぎ止めようと必死に苦悩する夫婦の姿は、傍から見るととても滑稽で、美しい。映像の色使いも、不安定な空気を醸し出していて面白い。   また、10年後に観てみたい作品である。

 

『山の郵便配達』
監督:フォ・ジェンチイ 1999年 中国
お薦め人:重藤良紹
 仕事のせいで家をあけることが多かったから叱られた事がない、二人きりでいても喋る事はない、小さい頃あまり喋らなかったからなじめない、だから「父さん」と呼べない……。
  ん〜なんかうちと似てると思ってしまった。
  話は、山岳地帯で郵便配達を長い年月勤め上げた男が、後継ぎとなる息子に仕事を引き継ぐため、初めて一緒に、そして最後の仕事となる「旅」に出るという話。
  三日間、120kmを共に歩いて険しい山路を辿り、幾つもの村を訪れ仕事を通じて、お互いの溝が埋まっていく。
  その過程でみせる父が子を、子が父を見る目がとても印象的だった。そして画面一面に広がる田園風景や山・川・空。それに、山里に住む人々全てがあたたかく美しい。 なんか観ていてどこかなつかしいと思ってしまう映画。

 

『ミスティック・リバー』
監督:クリント・イーストウッド 2004年 アメリカ
お薦め人:高久慶太郎
 なぜ本当のことを言わないんだろう。なぜその言葉を信じてあげられないのだろう……。たくさんの「なぜ」が次から次へと押し寄せる。出口のない圧迫感。しかし僕の心のザワザワとは裏腹に、物語はいっこうに解決の兆しを見せず、むしろ悪い方へ悪い方へと進んでいく。それも恐ろしくゆっくりと。
 川沿いの町。少年3人組、そのうちの一人が目の前で誘拐され性的暴行を受けてしまうことから物語は始まる。それから25年後、町で起きた女性殺害事件。かつて幼なじみだった3人はこの事件を機に残酷な再会を果たす。被害者の父、担当刑事、そして容疑者。
 ドラマチックな演出もなく、川の流れのように静かにゆっくりとストーリーは進んでいく。その退屈なほどの時間の経過が人物や状況、心理をより一層リアルなものに感じさせる。少年時代の消せない記憶、そこから微妙にズレてしまった3人の人生、そして25年を経て確実に狂いだした、3人とその家族たちの人生の歯車。それぞれが抱える癒されることのない心の傷が痛いほどに伝わってくる。すべての始まりとも言える出来事は少年たちの心に深く影を落とすものではあったが、ほんの些細なきっかけさえ間違えなければこんなにも光のない方向へとは人生は進まないだろう。ズレた歯車のどこか一つでも噛み合えば、すべて理解し合えるはずなのに……。胸の奥底をギュッと鷲掴みにされたように、重く、切ない気持ちになった。
 ラストシーンに見せる妻たちの表情も圧巻。またここから始まる終わりのない人生を強烈に予感させる。