1999年5月-3-
    1999年5月20日(木)
今日はテイト・ギャラリー隣接のクロー・ギャラリーで、 「モネの後期抽象印象画からポロックの抽象表現主義」という講義でした。 そのあと、レスタースクエアで"You've Got Mail"がまだ1館だけやっていたので、女性3名で映画に行きました。 相変わらず会話はわかりません。先週見た"Best Laid Plan"もそうだけれど、 英語はあまり分からなくても映画はなんとなくストーリーが汲み取れます。 英語慣れしたせいもあるでしょうが、映画は作り手が受けとめて欲しい箇所をクローズアップできるし、 感じさせられる表現手段を持っていると思う。
しかし、私の語学力では舞台を観て、映画ほど理解する自信がない。 演劇は全ての芸術の中で一番言葉の壁が厚いように感じる。字幕も難しいし。 そして、日本の現代演劇は日本語から切り離しては成立し得ない。
もちろんいろいろな手段が考えられましょうが、 少なくとも今、一跡二跳という劇団が上演している作品は日本語で作られているという意味で。 日本語は世界の言語の中でもマイナーな言語です。 私は劇団一跡二跳のロンドン公演を現在模索中なのですが、まだまだこの言葉の壁の出口を見つけだせません。

    1999年5月21日(金)
今日のアダルトスクール・スピーキングクラスは、サウスケンジントンの国立科学博物館見学でした。 入場無料の許可書を手に、一同地下鉄の駅に向かいました。 教室を出るときは3人だった生徒は、遅刻者をピックアップしながら駅までの間に7人に増えていました。 科学博物館はとても広く、科学の歴史も含めて、こんなのをとっておいてるの!!! と思えるような展示物に感動さえ覚えました。
テンポラリーの展示会場のひとつに「宇宙開発の歴史」があってアポロ11号の実物大模型がそのど真ん中に燦然と据えられていました。 あれは展示期間が終わったら解体されるのよね、と思えるようなサイズでした。 きっと一回り小さな展示スペースに必要最小限なものだけ残されて保存されるのでしょう。 例え、テンポラリーのイベントでも命かけたような出来映えの展示物です。ロンドン見学にはお勧めのコースのひとつです。

    1999年5月23日(日)
うちから歩いて15分くらいのところにアールス・コート駅があるのですが、 この駅の真ん前にEarls Court Exhibition Centreという大きな展示会場があり、 ここはアリーナ・コンサートの会場にもなるのですが、 今日はここでのBruce Springsteen and the E Street Bandのロック・コンサートに行って来ました。
疾走する3時間でした。夫が大のロック好きで、ロンドンに来てから毎週末ロック・ライブ通いを続けており、 私は全くの演劇しか知らないという人間だったので最初は困惑していたのですが、英語と同様ロックも聞き慣れてきました。

    1999年5月24日(月)
今日から8週間、St.Giles Collegeの生徒になり、General Englishを月〜金3時間ずつ受講します。
今日はテストとインタビュー、ガイダンスでした。私はインターミディエイトのクラスで明日から勉強します。 ちなみにここの学校は日本からの留学生が多いのですが、ロンドンでも評価の高い学校ということです。
その理由のひとつに、英語の先生が優秀だとか。留学案内の本にも載っています。 それだけに授業料は結構高いです。では、今日から本格的に勉強開始と参りましょう。

    1999年5月25日(火)
さて、英語学校である。昨日のインタビューで、自己申告も先生の判断も私はインターミディット(intermediate中級)であると一致した。 学校に行くと掲示板にクラス編成が貼り出されており、私の名前は確かにそのクラスだった。 クラスメイトは10名。少ないというべきか多いというべきか。 日本人2名(私含む)、コロンビア人3名(第一言語はスペイン語)イタリア人2名、スイス、トルコ、韓国各1名というメンバーである。 この学校は2週間単位で入学できる。つまり、2週間ごとにメンバーが入れ替わっているらしい。
授業が始まる。先生の話していることは70%分かる。しかし、ここでもクラスメートの英語は分かりにくい。 3時間(50分+10分休憩)、アンジェラという若いイギリス人の先生が教えるのだが、とてもフレンドリー。 スピーキング、リスニング、リーディング、ディスカッションまんべんなく盛り込んでいる。
それにしてもアダルトスクールで経験していたことだが、概してアジアの生徒よりヨーロッパの生徒はよく発言する。 関係ないことまで話し始める。誰かが話を始めて、先生がコメントをすると、すかさず別の誰かが話し出す。 「英語しゃべれるじゃないかー」と内心わめく私。でも、よく聞くと、お国訛りが抜けなかったり、 単語が出てこないで、これはなんていうんだっけ、とか言ってもいる。
しかし、英語を「話す」ことはどういう形であれ意味がある。私はいつになったらもう少し流暢になるのだろう。 それでも、日本語訛の英語であることからはもう逃れようがないと思う。年齢が年齢だしね。

    1999年5月27日(木)
今日の「英国文化」レクチャーは大英博物館だった。33号室は中国文化の展示館である。 ここで「シルクロード」による文化の東西交流を中国サイドから眺めるといった観点から講義があった。 講義室ではなくて、実際の展示物を囲んでお話を聞くと言った形だった。 しかし、さすがに今日の英語は分からなかった。若い学芸員の女性が講師だったのだが、 実に流暢なブリテン英語で話す上、中国の文化や時代の専門用語は初めて聞く単語ばかり。 漢字の方がありがたいくらい。
ところで、大英博物館は見応えのある場所だ。あまり広いので1日で見終えることはできないだろう。 入場料admissionは無料だが、入り口には寄付金箱があって 「最低£2お願いします。どの国のお金でも構いません」とか英語で書いてあった。

    1999年5月28日(金)
バンクホリディ(来週月曜日)前のせいか、出席者は半数だった。先生が来る前に来ていたのは私だけ。 教室の変更があったのかとやきもきしたほど。ほかのメンバーが来るまで質問責めだった。
この学校で1週間過ごして自分なりに分かったことは、結局英語は自力で上達するしかないということ。 耳慣れして、とにかく話そうとして、英語に触れるのも大切だが、語彙を増やさなければ話にならないということ。
それと、国民性の違いはあってもみな英語を勉強中のわけだから、 多少文法は間違えても自分から話す努力をした方がよいということ。
頭では分かっていてもなかなか思い通りにはいかない。 でも、高いお金を払って授業を受けるからには何とかものにしたいと考えている。
ところで、英国留学について知りたいことがあれば、劇団あてe-mailいただければ私まで届きます。 あるいは舞台情報もしかり。どちらも詳しくないのでお調べしてお返事いたします。

    1999年5月29日(土)
またも、悲しく情けないドライブの1日だった。帰りは道がすいていたせいもあって30分で帰ってきたものを、行きは2時間30分かかったというお話。
間違えたのは道だけではなく行き先もである。 2、3週間前に入会したQueen Mary Sailing Clubに運送屋さんの車に乗ってボードを運んだ夫のあとを追って、 一人でQueen Mary resevoir(貯水池)に向かっていたのだった。 いつものご愛敬でランドアバウトを曲がり間違えて、Uターンをしたのを除いては、目指す目的地まであと少しというときに、 また曲がる場所を間違えてしまった。316号から308号に入る手前の公園に入り込んでしまったのだ。 だからUターンすればよかったものを、たまたま停車して地図を開いていたそばを通りかかった住人に道を尋ねたのがまずかった。 Queen Mary resevoirを指し示すところをすぐ近くのQueen Elizabeth II resevoirを指し示してしまい、 なおかつその間違いを自分でも気がつかなかったのだ。かくして私は別のresevoirの周りを3周して1時間以上過ごしたあとに始めて自分の間違いに気づいたのだった。
必要以上に車を乗り回したのでずいぶん運転に自信がついたという成果だけあった土曜の午後のお話。
活動的な土曜の締めくくりに、夜中11時30分からの映画に出かけた。その前の回はSOLD OUTだったのである。 昨日の金曜封切りのロードショー"NOTTIG HILL"(ノッティン・ヒル)である。ジュリア・ロバーツとヒュー・グラント、 そしてロンドンの街が主人公のこの映画。とても楽しかった。多少美しすぎるロンドンではあったけれど。 ハッピーエンド大好きの方にはお勧め。ロンドン旅行気分で是非見て下さい。

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劇団一跡二跳

e-mail: isseki@m5.gyao.ne.jp / 制作:岸本 匡史