1999年4月-3-
    1999年4月20日(火)
Westminster区のAdult SchoolのSpeeking Course初日。基本的に自分の英語力では無理なのだが、 ええい、ままよと出かけていった。場所はSOHO近くの中国人学校。 玄関を入ってすぐの通路には子供たちの漢字書き取りの清書とおぼしきものが壁一面にずらりと並んでいる。 その5階。縦長の建物の最上階が授業のある教室。10時ぎりぎりについたので結構揃っていた。 少し遅れて先生が現れる。さあ、ここからが英語責め。何かみんなに尋ねてみんなは答えているのだがよくわからない。 でも、どうやらこれからの授業の進め方について何か意見があるかと聞いているようだ。 さあ、みんな答える、答える。みんな英語が話せるではないか(Speekingのクラスだしね)。 このまま黙って座っているわけにはいかないので、思わず手を挙げた。 そして、思い切り片言の英語で、「私は英語を話せないが授業を受けてもいいか」と聞いた(つもり)。 先生が"Off course"というのだけわかった。実はwellと付け加えたつもりだったのだが 、「あい・かーんつ・すぴーく・いんぐりっしゅ・・・」といったところで、 フランス人らしき女性が"You can speak!"と笑いかけてくれたのだった。 こうして、私は週に2回英語漬けの授業を受けることにしたのだった。 ちなみにAdult Schoolはとても安いです。 地方自治体が運営しているとかで、Westminster区の住人以外でも申し込みは可能です。 ただ、これは学生ビザでは受講できません。

    1999年4月26日(月)
中古で車を買った。信じられないぐらい車の高い国だ。 そこへ持ってきて、セールスのおじさんの言うことには、「この国には歴然と階級があります。 適度にステイタスのある車に乗らないと、ご主人様の立場ではよろしくないかと思われます。」 そういうわけで、車はただ走ればいいと思っていた我々はとにかく彼の勧める車にした。 約束の時間に車を納車に来てくれたおじさんは、私の運転の練習に少しつきあうという口約束をあっさり反古にして、 cheque(チェック)を持って帰っていった。あのね、私、この国のランドアバウト、苦手なんだってば。 round aboutというのは円形の交差点です。 例えば十字路だったとすると、真ん中に円形の庭があって、交差点に入った車は、この庭に沿って回りながら、 出たい方向へ走り抜けるのです。おおきなランドアバウトには信号がありますが、普通は信号はなく、 右側の車が優先されるという原則があります。いつか写真を送りましょう。

    1999年4月29日(木)
日本から連れてきた飼い猫のMINI(ミニ)の検疫期間が終了した。6ヶ月という長い検疫だった。 この悪評高い検疫制度は近々廃止されるそうだ。ただし、EU内に限ってとのこと。 だいたい検疫所で狂犬(猫?)病になった動物はここ数年で皆無だそう。 我が家の猫はストレスからか背中が円形脱毛症になったのだからとんでもない話だ。 しかし、この国では結構とんでもない話に出食わすので、最近では何が起こってもそう驚かなくなってきた。 さて、引き取りに行くのは明日の予定。

    1999年4月30日(金)
さて、準備が整った。私は初めて車を路上で運転するのだ。ちなみに夫は昔米国に駐在している際に免許を取って以来、 日本で乗っていない。したがって、車が右を走る国は夫が運転手、左を走る国は私が運転手という暗黙の約束事がある。 私はランドアバウトは苦手だと思うぞ。そして、出発。目的地は猫の検疫所。 そうなのだ、この猫迎えのために我々は車を買ったのだった。 (たまには猫を連れてドライブに行きたいのだが、猫は基本的にお出かけが嫌いだ) さて、駐車場から出て、最初のランドアバウトはシェファード・ブッッシュにあった。 夫は私に270度回るように指示を出した。このランドアバウトは結構大きく、信号があって楽なはずだったのだが、 ここ、ここ、と出口を指示するので悩みながらも言われたとおり走っていくと、気がつけば西に向かっていた。 私たちは東を目指していたのに。 そうして、最初の1時間半は振り出しに戻るまでに必要な時間となった。 そういうどきどきはらはらのドライブだったので、到着予定時間を大幅に遅れ、 検疫所についたときにはそこは終わっていた……。 しかし、これが日本だったら絶対に猫を連れて帰ることはできなかっただろう。 検疫所にある獣医事務所で頼み込むと、責任者がまだいるということが分かり、 コンピューターはもう止めてしまったから、必要書類は後日郵送するということになり、 無事に猫を受け取ることができたのだった。




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劇団一跡二跳

e-mail: isseki@m5.gyao.ne.jp / 制作:岸本 匡史