1998年12月
    12月18日(金)
公演終了後の残務も山積みのまま、引越しの手続きやら、宮崎への帰郷やらでめまぐる しい日々が続いて、ロンドン出発当日がやってきた。それでもやらなければならないこ とがあったはず。そうだ。預かっていたチケット代金を劇団に振り込まねば。空港内を 探し回り、ようやく郵便局にたどり着く。空で覚えている劇団の振り込み口座。さて、 それからっと。そうだぁ、おみやげだ。和菓子とお茶だ。と、ここで残り時間が少なく なっていることに気がつく。あぁ、せっかくビジネスクラスで行くんだから、優雅にラ ウンジでコーヒーだと思っていたのに、これじゃあ、ちっともリラックスできないじゃ ないか。全く相変わらずあわただしい。

12月18日(金)
12時間のフライト。午後2時40分ヒュースロー空港に到着。リムジンサービスで市 内に向かう。天気は晴れ。周りの風景はまるで子供の頃に読んだ絵本のよう。昨日は雨 だったとか。最初の印象次第でロンドンに対する見方が決まるというなら、最高にいい 具合。リムジンの運転手はサムソンさんといい、英語が分からない私のためにゆっくり 話してくれる。それでも相手が言っていることの三分の一がわかるかどうかというとこ ろで自宅に到着。結構近い。しかも、街なか。観光客気分でケントンコートの前に立つ と、ポーターが現れる。運転手からスーツケースを預かってくれ、エレベーターに一緒 に乗り込んだ。このエレベーター、扉が手動式。映画のようだ。私が気に入っているの でポーターはにこにこしている。変なやつと思っているのかもしれない。ちなみにこの エレベーターは超スロー。さて、ポーターが去った後、29号室の前でひたすら佇んで しまった。鍵が開けられないのだ。3つもある。もちろん鍵は事前に送ってもらっては いた。劇団の旅公演の時にもホテルのドアが開けられなくて、フロントに電話したっけ 。気を取り直して、再度、再々度挑戦した結果、ようやく部屋にはいることができた。 すてき、すてき。おもちゃの部屋みたい。白い壁、シャンデリア、広いリビング。さす が家賃が高いだけのことがある。でも、そもそもロンドンは物価が高いそう。ここに住 むという気が今ひとつしない。見知った絵のなかに入っただけのよう。残念ながら私は 絵には収まれないけれど。

12月19日(土)
昨夜は夫はポーランドのワルシャワ出張のため、帰りが11時だった。帰り を待ってから寝たので、時差ボケのひどい症状は起こらない。お昼から、地下鉄とバス を乗り継いで、先にロンドンに連れてきている猫のミニ(拾ったときにミニサイズだっ たにで巨大になった今もミニと呼ばれている)の面会に行くことにする。ロンドンでは 犬も猫も6ヶ月の間、検疫のため、専門のケンネルに収容されることになる。その費用 は1ヶ月約200ポンド(4万円)ほど。チンフォードケンネルは、自宅から約1時間 くらいのところにある。さすが観光客の多いロンドンでも、ここチンフォードでは日本 人をほとんどみない。夫はもともと日本人の少ないところを好む傾向がある。ミニ は元気だった。縦に畳2枚敷いたほどのスペースに生活している。少しやせたような気 がする。あと4ヶ月あまりの辛抱。猫も大変だ。 いったん帰宅してから、着替えて夫の会社のクリスマスパーティ会場に向かった。 総勢200人あまりの参加者という大きなパーティである。ドレスは間に合わなかった が、昨日ついたばかりだと皆知っていたので、特に問題はなかった。 この会場で奇遇にも大学の演劇部の先輩に出会った。もうびっくり。確かによく知って いる人のような気がしたのだ。先輩の方からどこかであったことがないかと尋ねられ、 他人のそら似だと思いながらも、旧姓を名乗ると、突然「ふじかわー」といって抱きつ かれた。そのうち、駐在員の奥様会で遊べると思う。頼りになる存在だ。

12月20日(日)
船便がまだなので旧ヤオハン、現在はオリエンタルセンターという日本食料品店に行く ことにする。夫も初めてだという。地下鉄を乗り継いで、ノーザン・ラインで目的 地に向かう途中、途中の駅で突然電車が止まり、理由もいわず、電車が動かないので降 りろという。夫にいわせると、よくあることらしい。その知らない街からバス、タ クシーを乗り継いで目的地に向かった。そこはまさにオリエンタルで、日本のみならず 、中国、韓国の食料品も扱っていた。但し、必要なものは見あたらず、いらないものは たくさんあるという感じ。旭屋書店に立ち寄る。日本の本は約2倍から3倍の値段であ る。買う気がしない。リサイクルショップがあった。帰国者が投げ売りして行くらしい 。トランス(変圧器)を買い持ち帰った。とても重かった。

12月21日(月)
ふーーーー。今、サリーさんという家主とジョンさんという修理屋が訪問して、ドアの 具合が悪いので点検してくれた。夫が電話をしていたのだ。英語圏の人々が生で登 場するのだもの。もう、どきどき。あさって、修理にくるという。言いたいことの10 0分の1もいえず、向こうの英語はちっとも分からず、このストレスはどうしようって 気分。

12月22日(火)
昨日に引き続き、今日は電気屋さんがテレビを運んできた。英語が分からないというこ とに驚きもしない。英語が話せない在英人はかなりいるからか。この電気屋さんは作業 のためにハンガーを借りたいというのをハンガーの絵を描いて説明してくれた。でも、 いったい何に必要だったのだろう。さて、そのあとにくるはずのケーブルテレビの担当 者がなかなか現れない。午前中だったはずなのに、2時になってもこない。2時に電話 があった。すぐに行く。3時になろうというのにこない。全く。




[ Menu ]

Index

 ・ [ Menu ] ・ Index

劇団一跡二跳

e-mail: isseki@m5.gyao.ne.jp / 制作:岸本 匡史