| 少年 | …本当に助かったの? |
|---|---|
| 少女 | そうよ。私たち、助かったのよ。あの魔法使いのおばあさんは死んでしまったわ。 |
| 少年 | (喜んで)信じられないよ。こんなに簡単に助かるなんて。 |
| 少女 | 本当なのよ。もう怖がらなくていいのよ。 |
| 少年 | 魔女はどこで死んだの? |
| 少女 | パン焼きのかまどの中で焼け死んだの。だからもう大丈夫なの。 |
| 少年 | よし、今から見に行こう。 |
| 少女 | え? |
| 少年 | さんざん僕たちを苦しめてきた魔女がもう二度と生き返らないように、かまどを完全に密閉してやるんだ。 |
勇んで飛び出す少年。 少女も少年を追うように続き、二人はかまどの前にたどり着く。 |
|
| 少女 | …ここよ。この中で叫び声をあげて死んだわ。 |
|---|---|
| 少年 | ………。(かまどを開けようと) |
| 少女 | どうするの? |
| 少年 | 醜く焼け死んだ、あいつの顔を拝んでやるのさ。 |
少年、かまどを開けて中をのぞきこむ。 が、失意と不安に駆られた顔でかまどを離れる…。 |
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| 少女 | …どうしたの? |
|---|---|
| 少年 | …違う。 |
| 少女 | 違う? …違うって何が違うの? |
| 少年 | あいつは魔女じゃない…! |
| 少女 | …どういうこと? |
| 少年 | あいつはただの、魔女の小間使いさ。ホンモノの魔女は別にいるんだ。 |
| 少女 | そんなバカな…。 |
| 少年 | あいつから聞いたんだ。あいつには何の力もない。ただ僕を太らせてホンモノの魔女に渡すだけだったんだ。僕を食べようとしてた本当の魔女は… |
襲いかかるように継母が現れる。 |
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| 継母 | さぁ、なまけ者たち、仲良しごっこは終わりだよ。 |
|---|---|
| 少女 早智子 | ! |
少女、驚きのあまり、その場にへたりこむ。 と、早智子も驚愕して、その手がワープロから離れている…。 だが、それにもかかわらず…。 |
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| 継母 | もうお前たちの好きにはさせないよ。 |
|---|---|
| 少女 | …どうして? |
| 継母 | バカだね、この深い森の中から抜けられるとでも思ったのかい? |
| 少年 | 僕たちは来たくてこの森に来たわけじゃないんだ。 |
| 少女 | 最初から、最初から仕組んでたのね。 |
| 継母 | さぁ、中にお戻り。言うことを聞かなきゃ容赦しないからね。ぼやぼやするんじゃないよ! |
少年と少女は新たな絶望を背負って、中へと追い立てられていく。 早智子、呆然と立ち上がって動けないまま…。 電話が鳴る…。 と、エプロンをかけた福島が奥から飛び出してきて電話に出る。 |
|
| 福島 | (出て)はい、もしもし。…あ、はい、そうですが…少々、お待ちください。(送話口を押さえ)すみません、早智子さん。早智子さん? |
|---|---|
| 早智子 | …え? あ、何? |
| 福島 | お電話なんですけど、どうしましょう? 切りますか? |
| 早智子 | …誰? |
| 福島 | 島富貴子っていう人ですけど。 |
| 早智子 | ! |
| 福島 | 代わりますか? |
| 早智子 | 切って! 何も言わずにすぐに切って! |
福島、圧倒されて慌ててそのまま受話器を置く。 早智子は虚ろに、その場にへたりこむように座って−。 |
|
| 早智子 | …福島君。 |
|---|---|
| 福島 | はい。 |
| 早智子 | …何かある? おなか空いたみたい。 |
| 福島 | あ、そういうことなら今、ばっちり作ってましたから、はい、すぐに持ってきます。(と行きかけて)…あ、あの、こんなこと聞いちゃ失礼だと思うんですけど、誰だったんですか? |
| 早智子 | …父が再婚した女よ。 |
身動きできないままの早智子と福島。 時間の闇が二人を覆い尽くすように、仕事場は閉ざされる。 |
|
早智子の自宅のリビング。 こうこうと明かりがついていて、大型テレビにはミュージック・ビデオクリップの映像。(ex. アル・ヤンコビック「Fat」) そのノリのいい音楽がうるさいほどに響いているが、室内には誰もいない。 37歳の富貴子(=プロローグの女)が様子を窺いながら現れ、ビデオをOFFにすると、辺りを見回して−。 |
|
| 富貴子 | …留守なの? |
|---|
富貴子、誰もいないのを確認すると小さくため息をついて腰をおろす。そしてバッグから封筒を出すと、ぼんやり見つめながら思いを巡らせている様子。 と、太志が両手にコンビニの大きな袋を提げ、口に煙草の箱をくわえて現れる。 太志と富貴子、目が合ってともに驚きの顔になり−。 |
|
| 太志 | (煙草の箱が口から落とし)富貴子さん…。 |
|---|---|
| 富貴子 | どうして…? |
| 太志 | どうしてここに? |
| 富貴子 | 太志君こそ何やってるのよ、こんなとこで。 |
| 太志 | 何って…あ、一緒に飯食う? ほら、メいっぱい買いこんできたから。 |
| 富貴子 | (怪訝に)…それ、何人分? |
| 太志 | いやまぁ、独りで食おうかなぁと思ってたんだけど、一緒に食事しようか、久しぶりだし。 |
| 富貴子 | ずっとそんなに食べてるの? |
| 太志 | うん、まぁしょうがないんだよね、監督の命令だから。 |
| 富貴子 | ………。(大きくため息をつく) |
| 太志 | 監督がさ、偉そうに10キロ太れって。そうすればピッチャーとして輝く星になれるって。勘弁してよって感じだよ、巨人の星じゃないんだから。 |
| 富貴子 | 早智子さん、いないの? |
| 太志 | え? ああ、なんか仕事が忙しいみたいでね、全然。 |
| 富貴子 | 全然って、太志君、いつからここにいるわけ? |
| 太志 | どうだろう? もう十日にはなるかなぁ。 |
| 富貴子 | (あきれて)十日…? |
| 太志 | ゆっくり体作ろうと思ってね。だってほら、体が資本の商売だからさ。ねぇ、飯、一緒に食べない? |
| 富貴子 | そんな気分じゃないわ。 |
| 太志 | あ、そう…そうだよね、こういうのってノリが大事だから。 |
| 富貴子 | 早智子さんもずっと帰ってないのね。 |
| 太志 | たぶん、仕事場のマンションに籠ってるんじゃないのかな。 |
| 富貴子 | そしてあなたはここに籠ってる。 |
| 太志 | いや、俺はさ… |
| 富貴子 | (厳しく)どうなってるのよ、あんたたち! |
| 太志 | ………。 |
| 富貴子 | …煙草吸っていい? |
| 太志 | あ、いいよ、全然。 |
富貴子、バッグから煙草を出そうとするがなかなか見当たらない。 と、驚いたようにはっと後ろを振り返る。 |
|
| 太志 | …どうしたの? |
|---|---|
| 富貴子 | (少し安堵)テレビか…。 |
| 太志 | テレビ? |
| 富貴子 | …ああ、何でもないの。誰かに見られてたような気がしたから。 |
| 太志 | ………。 |
| 富貴子 | 気にしないで。私、よくあるのよ、そういうこと。(再び探し始める) |
| 太志 | 富貴子さん、あの頃もよくそう言ってた。 |
| 富貴子 | あの頃って? |
| 太志 | だからほら、俺たちがまだ家族やってたころ。 |
| 富貴子 | (手が止まり)…ああ。よく覚えてるわね、そんなこと。 |
| 太志 | (ざっと指折り)早いな、もう10年たってるよ。 |
| 富貴子 | 私たち、今でも家族だわ。 |
| 太志 | まぁ、一応そうだけどさ。 |
| 富貴子 | 一応じゃなくて、まだちゃんとした家族なのよ、法律的に。(探し始める) |
| 太志 | …富貴子さん、どうして再婚しないの? |
| 富貴子 | え? |
| 太志 | もしかして、親父に義理だてしてるの? |
| 富貴子 | そんなんじゃないわよ。ね、煙草持ってない? 見当たらないのよ、さっきから探してるんだけど。 |
| 太志 | あ、今買ってきたのあるけど。 |
| 富貴子 | 何でもいいから。 |
太志、煙草を取って富貴子に手渡し、それから灰皿を用意する。 富貴子、バッグからライターを出してゆっくりと一服する。 |
|
| 富貴子 | …あなた、お父さんが死んだとき泣かなかったわね。 |
|---|---|
| 太志 | 何だよ、いきなり。 |
| 富貴子 | おまけに写真、胸に抱いてた。 |
| 太志 | 写真? |
| 富貴子 | それもサービスサイズのスナップ写真、これ見よがしに抱いてたわ。 |
| 太志 | …そうだったかなぁ。でも、これ見よがしってことはないだろう? 俺はただ普通に… |
| 富貴子 | 写真の中で笑ってたあなたのお母さんの顔、今でもはっきり覚えてる。 |
| 太志 | …記憶力いいんだ。 |
| 富貴子 | あなたはお父さんを憎んでたのね。 |
| 太志 | 俺が? |
| 富貴子 | だから私も憎かった…。 |
| 太志 | まさか。 |
| 富貴子 | そうなのよ。それで私はすべて納得できたの。 |
富貴子、煙草をもみ消す。 |
|
| 富貴子 | 私ね、再婚しようと思ってるのよ。 |
|---|---|
| 太志 | え? |
| 富貴子 | こんなこといちいちあなたたちに言う気もなかったんだけど、まだ私たち家族やってたみたいだから。 |
電話が鳴る。 富貴子、ためらわずに出る。 |
|
| 富貴子 | (出て)はい。…申し訳ございませんが、須藤はまだ…。…はい。何かお伝えしますか? …そうですか、分かりました。ごめんください。 |
|---|
富貴子、受話器を置いてさっさと戻る。 |
|
| 太志 | …須藤君はホテルで暮らしてるみたいだよ。 |
|---|---|
| 富貴子 | 知ってるわ。 |
| 太志 | え? |
| 富貴子 | このあいだ会ったの。電話で呼び出されたのよ。(と封筒を示し)で、コレ早智子さんに渡してくれって。離婚届よ。 |
| 太志 | ………。 |
| 富貴子 | (バッグからメモ用紙を出しつつ)一度会って話したらしいんだけどね、役所に出すかどうかは早智子さんに決めてほしいって。 |
富貴子、事務的な感じで電話をかける。 太志、ゆっくりとコンビニの袋から飲み物を出して飲む。 |
|
| 富貴子 | (電話に)もしもし。そちら須藤早智子さんの仕事場でしょうか? …あの、私、島富貴子と申しますが、早智子さんいらっしゃいますか? …はい、申し訳ありません。……。 |
|---|
富貴子、不審げに受話器を耳から離す。 |
|
| 太志 | どうかした? |
|---|---|
| 富貴子 | …切られたわ。 |
| 太志 | 早智子に? |
| 富貴子 | 若い男の人だった。 |
| 太志 | 男…? |
| 富貴子 | どういうこと…? |
| 太志 | きっといろいろあるんだよ、ずっと帰れないくらい忙しいみたいだし… |
| 富貴子 | だから私が尻拭いしなくちゃならないって言うの? |
| 太志 | …尻拭いって、でも大事なことだよ。 |
| 富貴子 | だったら自分でケリつければいいでしょう? 私、やっと再婚する気になったとこなの。断ち切りたいのよ、もう。関わりたくないの。 |
| 太志 | あ、うん、まぁそうだよね。 |
| 富貴子 | ………。 |
| 太志 | …なんか腹減ったな。 |
太志、コンビニの袋を提げて奥へ行こうと…。 |
|
| 富貴子 | …太志君の会社からも電話あったわ。 |
|---|---|
| 太志 | え? |
| 富貴子 | 会社にひと月の休暇願いを出したんだってね。総務のヨコカワさん? 女の人よ。届のことで連絡とりたいんだけど居場所を知らないかって。 |
| 太志 | …あ、それで。それでここに電話あったんだ。そうか、そういうことか。 |
| 富貴子 | どうして休暇願いなの? |
| 太志 | …どうしてって、だってほらその間に命令通り体重を10キロ… |
| 富貴子 | とっくにウエイトオーバーしてるそうじゃないの。 |
| 太志 | ……! |
| 富貴子 | 指定されたウエイト、とっくに超えてるって。それでも球威が戻らないから、たぶん焦ってるんだろうけどって。ヨコカワさん、言ってたわ。 |
| 太志 | (言葉が探せない)…あ、…ああ。 |
| 富貴子 | …太志君。 |
| 太志 | …え? |
| 富貴子 | あなた、病気よ。 |
太志と富貴子の二人の視線、ねじれの位置をさまよったまま、テレビが切れるように明かりが、ぷつん、と切れて、闇。 |
|
精神科の診察室。 早智子が不安げに現れて椅子にかける。 その服は白いままだが、気のせいか、白さが幾分くすんで見える。 ドクターが控えめに現れて−。 |
|
| ドクター | どうも中断させちゃって申し訳ありませんでした。 |
|---|---|
| 早智子 | いえ、別に…。 |
| ドクター | 続き、聞かせてもらえますか? |
| 早智子 | …まだ私は病気なんでしょうか? |
| ドクター | 病気ですね。 |
| 早智子 | やっぱり摂食障害なんですか…。 |
| ドクター | そのことじゃありませんよ。 |
| 早智子 | …違うんですか? |
| ドクター | ええ。根本の問題は違うと思いますね。 |