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須藤…急かさなくても、もう帰るよ。
早智子(はっと)あ、違う…。
須藤そういえばお義兄さんから連絡あった?
早智子…え?
須藤なんだ、まだ会ってないんだ。…4日ぐらい前になるかな、着替え取りに帰ったら家に来てたんだ。
早智子…そう。(次第に目がワープロに奪われる)
須藤久しぶりに会ったんだけど、ひとつだけ少し嬉しかったよ。君のお兄さんも僕と同じサラリーマンなんだって思えたから。…どうでもいいことだな。
早智子よくない。だって兄さんは関係ないの。どうして兄さんが(ワープロを指し)ここに出てくるのか私、自分でも…
須藤もういいんだ。
早智子………。
須藤それじゃ。

須藤、早智子の視線を断ち切るように出て行。
じっと立ちつくしていた早智子、突然、我に返ったかのように須藤の後を追おうとするものの、途中で足が止まってしまう…。
そして振り返ってワープロを見る。が、すぐに振りきるように電話をかけてみるが相手は留守録らしく、無言のまま受話器を置く…。
それから室内をざっと見回してリモコンで音楽をかける。大音響。
突然、テレビがつく。健康的な美容体操の画面…。
早智子、その画面を食いいるように見つめている。
と、福島がすっとんで戻ってくる。
福島、大慌てでオーディオとビデオをOFFにする。

福島どうしたんですか? 表通りまで聞こえますよ。
早智子福島君。
福島え?
早智子私、痩せるから。
福島…あ…はい。
早智子だから、ちょっと買物に行ってくるから。
福島え…? 買物って…

早智子、有無を言わせない態度で足早に出て行く。
福島はただ呆然と見送り−。

福島…まいったなぁ。…大丈夫なのかなぁ。………。(開いたワープロが目に留まり)早智子さん、ざっと書いた原稿、読ませてもらっていいですか?(声を変えて)何言ってるの、福島君が私の一番の読者だもの、いいに決まってるわ。(声を戻し)失礼しまぁす。

福島、ワープロに向かってじっくりと読み始める。
と、少女が桶を手に現れ、後ろから魔女が追い立ててくる。

魔女さぁ、ぐずぐずするんじゃない。急いで水を汲んでくるんだよ。
少女どうして? 今日は水汲みの日じゃないでしょう?
魔女待ち切れないから、今日、お前の兄さんを食べちまうのさ。
少女…!
魔女分かったら、早くおし。
少女でもお兄ちゃん、まだ10キロも太ってないわ。まだまだ太らなきゃごちそうになんてなれないわ。
魔女太っていようがいまいが、もう関係ないんだよ。
少女そんな…。
魔女私はパンのこね粉をこねるからね。さっさと行ってくるんだよ。

魔女はうちひしがれた少女を追い出し、自らもこれから始まる快楽に身を震わせながら出ていく。
少女、水汲みに向かうものの、悲嘆にくれて−。

少女…誰か、私たちを助けてください。私たちは、いっそ森の中で野獣に食われて死んだほうがましでした。そしたら二人一緒に死ねたのに。(はっとポケットから携帯電話を出し)出て、今度こそ出て、私たちを助けて。

少女、祈るように携帯電話の数字を押す。
が途中で、はっと気配を感じて振り返ると、魔女が険しい顔で詰め寄ってきて−。

魔女まだ、こんなとこにいたのかい!
少女ごめんなさい、すぐに行きます。
魔女全くしょうがない女だね。…まぁいいさ。それじゃ、先にパンを焼くからかまどの具合を見ておくれ。
少女かまど…?
魔女この中に入って、ちゃんとあったまってるかどうか具合をみるんだよ。
少女…分かりました。でも、どうやったらいいのか分からないの。どうやって中に入ればいいの?
魔女ホントにバカな女だね。口はこんなに大きいじゃないか。簡単なことだよ。ほら、私だって入り込めらぁね。

魔女はかまどの中に頭を突っ込んでみせる。
と、少女は魔女を後ろから突き飛ばし、中に押し込んで鉄の扉を閉めて鍵をかける。

魔女何をする、何をする…!
少女魔女は…お兄ちゃんを食べてしまうような魔女は生きてちゃいけない。死ぬべきよ!

少女、かまどに火を放つ。
ごうごうと燃え盛るかまどの中で、魔女は吠えながら無残に焼け死んでいく。
見届けた少女、荒い息で駆け出していく。
と、電話が鳴る。
福島、はっと電話を振り返り、ふう、と息を吐いて電話へ−。

福島(出て)もしもし、あ、編集長。…え? あ、しまった…! いえ、別に油を売ってたわけじゃ…すみません。行きます。すっとんで行って、速攻でフォローしてきますから。申し訳ありません。…はい、失礼します。(電話を切り)ヤベェ。(と台所に)早智子さん…っていないんだよ。どうしよ、どうすればいい? とりあえず、行くっきゃないだろ。行こう。

福島、ばたばたと出て行く。
ほんのしばらく。
早智子、ぼんやりと戻ってくる。服は今や真っ黒と化していて、早智子はワープロに近づいて執筆体勢をとろうとする。
と、ドクターが現れて−。

ドクターそんなところでワープロ打たないでください。
早智子え…?
ドクターどうそ、そちらに腰かけてください。

早智子、辺りを見回す。
途端に室内が、ぱっ、と明るくなる。
産婦人科の診察室。

ドクター聞こえました?
早智子え? 何ですか?
ドクターだからワープロしまって、そこ座ってください。
早智子あ、すみません。

早智子、ワープロをしまって、指定の椅子に腰かける。

ドクター…生理が遅れてるんですよね。
早智子…あ、はい。
ドクターよくあるんですか?
早智子いえ、だからないんです、生理が。
ドクター失礼、言い方が紛らわしかったですか。生理不順はよくあるんですか?
早智子よく、っていうのはどれくらいの割合のことを指すんでしょうか?
ドクター…失礼。今までに1週間も10日も遅れることが1回でもありましたか?
早智子ありました。
ドクターどれくらいありました?
早智子回数を聞かれても、ちょっと…。
ドクターけっこうあったんですね?
早智子どれくらいあれば生理不順ということになるんですか?
ドクター別に回数で決まってるわけじゃありません。
早智子じゃどうして回数をお聞きになるんですか?
ドクター…話、1からやり直しましょう。
早智子…あ、はい。
ドクター失礼ですが、かなり太ってらっしゃいますけど、以前からそうなんですか?
早智子この2週間で12キロ太りました。
ドクター………。
早智子関係ありますか?
ドクター関係あると思いますよ。
早智子(喜色ばむ)本当に?
ドクター2週間で12キロでしょう? どんなものを食べてたんですか?
早智子ほとんどジャンクフードです。
ドクター例えば? ある一日を例にとって言ってみてください。
早智子朝は森永のマリービスケット、エンゼルパイ、ヤマザキのリッツ、ブルボンのルマンド、そういったお菓子を4箱から5箱です。昼はだいたいファーストフードなんですけど、マックとかロッテリアのハンバーガーを5個ぐらい、あ、フライドポテトのLサイズも最低3つは食べます。夜は特に決めてないんですけどケーキ、アイスクリーム、チョコレート…
ドクターあの、ごはんは食べないんですか。つまり、いわゆる米ですけど。
早智子もちろん、それは別です。朝・昼・晩、ちゃんとご飯を3合から4合炊いて、ふりかけで食べたり、ケチャップとかバターで炒めて食べてます。あ、それがスパゲッティ丸々ひと袋になるときもありましたけど。
ドクター………。
早智子あとそれから、夜中に目が覚めるのでインスタントラーメンを3つから4つ…
ドクターもうけっこう、分かりました。…それはダイエットの反動ですか?
早智子そのようなものだと思います。
ドクター………。
早智子…病気なんでしょうか?
ドクター病気ですよ。
早智子(安堵の色)…そうですか。
ドクター間違いないと思いますけど。
早智子やっぱり病気だったんですね。
ドクター偏った食事で栄養障害を起こしてるんだと思いますよ。詳しく検査してみないとはっきりしたことは言えませんが。
早智子分かりました。ありがとうございました。(帰ろうと)
ドクターちょっと待ってください、あなた…。
早智子病気だと分かればいいんです。それが知りたかっただけなんです。
ドクター検査しないんですか?
早智子私、痩せますから。
ドクターえ?
早智子痩せる理由ができましたから。今度こそ痩せられると思います。

早智子、ドクターに一礼すると足早に出ていく。
ドクター、あっけにとられていたが、やれやれと退室していく。
ワンルームの仕事場。
早智子が戻ってくると、どこからともなくワルツが聞こえてきて、どこからともなく須藤が現れる。
真っ黒い服の早智子、須藤をパートナーにワルツを踊る。
須藤との生活を断ち切るかのように踊る。
踊りながら、次から次に服を脱ぎ捨て、やがて真っ白な服になると早智子は別人のようにスリムに生まれ変わる。
と、福島が現れる。

福島…早智子さん!
早智子あ、福島君。どう? 私、痩せたでしょ?
福島…痩せましたけど、大丈夫なんですか、そんな急激にダイエットして。
早智子平気よ。あ、福島君が置いてってくれた雑誌でも研究させてもらったの。
福島あ、ありがとうございます、ってそれはいいんですけど…。
早智子福島君、私が太ってたほうが好き?
福島…いや、あの、いきなり好き?とか聞かれても困っちゃいますけど、あの、僕は早智子さんの作品に惚れてますから。
早智子じゃ、福島君が気に入ってくれてる原稿、ちょちょいっと仕上げてみるかな。
福島あ、よろしくお願いします…。
早智子(ワープロを出して)今日はね、なんだかスイスイ行けそうな気がするの。
福島…早智子さん、今日、何か食べました?
早智子ううん、まだ。欲しくないの。
福島僕、何か作りますよ。
早智子本当に欲しくないのよ、全然。だからいいの。
福島じゃあの、僕、食べたいから自分のぶん作ってもいいですか?
早智子いいわよ。
福島…仕事の邪魔にはなりませんよね?
早智子ちっとも。気にしないで勝手にやっていいわよ。
福島じゃすみません。なんか僕、おなかすいちゃって。

福島、早智子を気にしつつ首をひねりながら奥へ−。
早智子は快調に執筆をスタートさせる。
と、少女が息をはずませ、少年の手を引っぱって現れる。



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