[Menu]





少女…どうするの?
少年待つんだ。
少女後を追ってお父さんのところへ行きましょうよ。お父さんなら…
少年無駄だよ。
少女どうして? お父さんは私に優しいわ。
少年優しい人が、どうして僕たちを捨てるんだ?
少女…私たち、本当に捨てられたの?
少年お父さんはもう僕たちのお父さんじゃなくなったんだ。
少女誰のお父さんになったの?
少年新しいお母さんのいいなりなんだよ。
少女………。
少年月が高くのぼるまで待つんだ。そしたら僕の撒いたパンくずが見えるから。来るとき後ろを振り返りながら、小石の代わりにパンくずを撒いたんだよ。だから、きっとパンくずが僕たちの帰る道を教えてくれるよ。
少女…そしたら帰れる?
少年帰れるよ。
少女この深い森から抜けられる?
少年抜けられるよ。

少年と少女は、互いを支えあうようにうずくまって眠りにつく。
ゆっくりと日が蔭ってきて月がのぼる。
少女、目を覚ますと立ち上がって少年から離れて道を見に行く。
すぐに少女は舞い戻ってきて、必死に少年の体を揺すり−。

少女起きて。お兄ちゃん、起きて、目を覚まして。
少年…どうしたんだ?
少女パンくずがないの!
少年え…!
少女小鳩や鳥たちが食べてたの。今そこまで見に行ったんだけど、もう全然残ってなかった…!

少年は脱兎のごとく走って様子を見に行く。少女も後を追う。
が、すぐに二人は絶望を背負って引き返してくる…。

少年…私たち、どうなるの?
少女…大丈夫だよ、きっと道は見つかるから。

子供たち、森の中をとぼとぼと歩いて行く。
と、子供たちの前方に家が見えてくる。

少女お兄ちゃん、見て。家がある!
少年ほんとだ…!
少女屋根の上、真っ白な小鳩が止まってるわ。
少年伝書鳩が教えてくれたんだ。行こう!

駆け出した少年と少女は、家の壁の前にたどりついて−。

少女見て! この壁、パンでできてる。
少年ホントだ。屋根はお菓子で葺いてある。
少女信じられない。お兄ちゃん、この透きとおった窓、砂糖だわ。
少年少しごちそうになろう。
少女…食べていいの?
少年構わないさ。
少女私、おなかが空きすぎて食べられないかもしれない。
少年いいんだよ、食べても。
少女本当に食べていいの?
少年ああ。
少女好きなだけ食べていいの?
少年ああ、思いっきり食べていいんだ。
少年
少女
いただきます。

少年、しゃぶりつくように食べ始める。
少女も習って食べようとするが、突然、声をひそめて−。


少年…誰かいる!
少女え?
少年家の中。誰かいるよ。
少女まさか。
少年感じたの、視線。
少女伝書鳩じゃないのか?
少年何よ、伝書鳩って?
少女ほら、誰かに見られてると思って振り返ったら伝書鳩だったってこと、よくあるだろう?
少年ないわよ。伝書鳩なんてもういないもの。
少女気のせいだよ。
少年気配だって感じたの、誰かがじぃっと…。
少女それは、後ろめたいと思ってる証拠…。

と、巨大な窓に映る人影。
人影はそれ自体、みるみる巨大化して窓を乗り越えようとする。
黙々とキーをたたき続けていた早智子も、思わず−。


早智子
少女
中にいるよ、お兄ちゃん…!

思わず、立ち上がっている早智子。
少年・少女の姿はすでにない。
早智子、ふう、とため息をつこうとしてビクッと振り返る。
窓の向こう側に福島が顔をのぞかせている。


早智子…福島君。

福島、早智子と視線が合い、窓をノックして合図する。
早智子、怪訝に近づいて窓を開け−。


早智子何してるのよ、こんなとこで…!
福島(コンビニの袋を掲げて)やっぱり行ってきちゃいました、コンビニ。
早智子そんなことじゃないわよ、どうして窓から来るのよ?
福島いや、あの、早智子さん、電話するなって言ってたし、仕事ノッてたら悪いなと思って、ここにいたら気がついてくれるかなぁなんて…。
早智子怖いわよ、よけい気が散るわ。さっさと入って!
福島…すみません。(慌てて玄関口へ)

うんざりした早智子、気持ちを整理しながらワープロに向かうが、やはり心乱れて、ワープロを閉じて立ち上がる。
そこへ福島が室内に入ってきて−。


福島座ってて下さい、台所なら僕が…
早智子イラついてるの。水で顔洗ってくるわ。(奥へ引っ込む)
福島(その背に)あ、なんか怒ってます? やっぱり邪魔しました?

福島、バツが悪そうにコンビニの袋を置いて座ろうとして、ふと、ワープロが目に留まる。
福島は早智子を気にしながらもこっそりと画面に見入って−。


福島(画面を読んで)「…窓のそば、二人は息を殺して、お菓子の家の前でじっとしていました」。…何だ、これ?
早智子(現れて)『ヘンゼルとグレーテル』。グリム童話よ。
福島(ふぅん、と何度もうなづいて)あの『青い鳥』。
早智子それは「チルチルとミチル」。
福島あ、そうでしたか。1本とられました。
早智子…でも使えないわね、ボツになりそう。
福島どうしてですか? 早智子さん、よくアニメとか懐かしのヒーローとか下敷きにしてエッセイ書いてるじゃないですか。
早智子『ヘンゼルとグレーテル』の話、覚えてる?
福島だからお菓子の家に行くんでしょ、二人の子供が。
早智子そう、そしてその家には魔女がいるの。
福島あ、そうそう。子供を食べる悪い魔女がいて、二人でそいつをやっつけるんでしたね。
早智子ところが私のエッセイではちょっと違う。
福島どういうふうに?
早智子ヘンゼルとグレーテルは確かに憎むべき魔女を焼き殺すんだけど、二人もお菓子の家を食べつくさないと帰れなくなるの。
福島どうしてですか?
早智子理由なんかないわよ。おいしいものを黙って見過ごす人はいないでしょ?
福島そりゃそうですけど、甘いの苦手だからな。
早智子だからヘンゼルとグレーテルは一生懸命、食べ始めるの。だけど食べても食べてもなくならない。
福島なんか聞いてるだけで喉、乾きますね。
早智子そして丸三日三晩、二人は休む間もなく食べ続けて、とうとう食べつくしてしまう。
福島で、グルメの旅はハッピーエンドなんですか?
早智子ううん。
福島違うんですか?
早智子ヘンゼルもグレーテルも割れそうなくらいおなかがいっぱいになってしまって一歩も動けなくなってしまうの。
福島………。
早智子ただ息を殺して、じっとしてるよりほかなくなるのよ。

ノックの音。
早智子と福島、はっと振り返る。


早智子…誰だろう?
福島僕、みてきます。

福島、玄関口へと去る。
と、電話が鳴る…。
金縛りにあっていたかのような早智子、慌てて電話に飛びつき−。


早智子(出て)もしもし? …あなた。…え? …どういうこと? 誰もここには…ちょっと待って!

早智子、ドアの方を振り返ると若い女・澄香が立っている。

澄香…須藤早智子さん?

早智子、静かに受話器をおいて電話を切る。
そこに閉口した様子で、福島が現れて−。


福島こ、困りますって言ったんですけど…。
澄香あの人の代理で来たの。受け取るものだけもらったらすぐに帰るわ。
早智子…顔見るの、初めてね。
澄香あなたも声とはずいぶん感じ違うわ。
早智子眼鏡をかけてる顔、勝手に想像してたわ。
澄香コンタクトなの。
福島…あの、お茶でも。
早智子要らないわよ。
澄香(福島に)気を使わないで、すぐに失礼するから。

早智子、バッグの中から封筒を出して澄香に突きつける。

澄香(受け取って)…ありがとう。
福島…友達、かなんか?
早智子この人ね、もうすぐ結婚するのよ。
福島あ、そうなんですか、それはおめでとうござい…
早智子私の主人とよ。
福島…!
澄香(封筒をちらつかせ)元、主人でしょう。仮にも文章家なら言葉は正確に使ってほしいわ。
早智子帰って。
澄香できればもう声も聞きたくないわね。

澄香、踵を返して部屋を後にする。

福島…あ、あの通りまでお見送りした方がいいんでしょうか?(居心地が悪い)…とりあえず行ってきますね。

福島、気まずい思いのまま飛び出していく。
唇を震わせて立っている早智子、息が荒い。
突然、テレビがつく。
健康的な美容体操が始まる画面…。ビデオのタイマー録画が作動したらしい。画面に目を奪われている早智子…。
電話が鳴る。
と、弾かれたように早智子は、福島が買ってきたコンビニの袋を乱暴にひっくり返し、手当たり次第に食べ物にむしゃぶりつく。
早智子、次から次に食べ物を口へ…。
電話が鳴り続ける…。
なりふり構わずに餓鬼になる早智子。
福島が舞い戻って来て、愕然…。


福島早智子さん…!
早智子(見向きもせずに食べ続ける)
福島(飛びついて)やめて下さい、どうしたんですか、早智子さん。早智子さん、やめてください…!

餓鬼と化した早智子を福島は必死で止め続ける。
鳴り響いていた電話が、ぷつん、と切れて−。
仕事場は急速に闇に沈んでいく。




[Menu]